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札幌地方裁判所 昭和33年(ヨ)241号 決定

申請人 王子製紙工業株式会社

被申請人 王子製紙労働組合苫小牧支部

主文

一、被申請人組合は、申請人会社の指定する従業員およびその他の者が別紙図面一記載の朱線をもつてかこむ区域内に出入することを実力をもつて妨害してはならない。

二、申請人会社の委任する執行吏は前項の命令に違反する諸行為を排除することができる。

(注、無保証)

申請の趣旨

一、被申請人組合は、別紙図面一ないし十一記載の各赤線区域内およびその地上にある別紙物件目録記載の建物および構築物に立入つてはならない。

二、被申請人組合は、申請人会社が指定する従業員その他の者が前項の区域内に立入ることを妨害したりまた申請人会社の業務を妨害してはならない。

三、申請人会社の委任する執行吏は、前項の目的を達するため必要な措置を講じなければならない。

理由

当事者双方の提出した疎明資料により当裁判所の認める事実関係、ならびにこれにもとずく判断は次のとおりである。

一、争議に至る経過

申請人会社(以下会社という)は紙類、パルプ類およびその副産物の製造加工、販売、山林および木材の売買、造林、製材、鉱業、電気供給、運送、ならびに以上に関連する業務を目的とし、東京都に本店、春日井市に春日井工場、苫小牧市に苫小牧工場を設け、総数約四千七百六十名(内苫小牧工場約三千二百九十名)の従業員をようする株式会社であつて、別紙物件目録記載の工場事業場等を所有し、その業務を営むものであり、被申請人組合(以下組合という)は右の会社の従業員をもつて組織する王子製紙労働組合の組合員中苫小牧工場その他北海道内所在の事務所、出張所、発電所および研究所の従業員をもつて組織する支部組合であつて、その組合員数は、本件争議突入当時約三千百五十名であつたが、その後脱退者があり、同脱退者約八百名が昭和三十三年八月八日王子製紙工業新労働組合(以下新労組という)、を結成したため現在は約二千三百名である。

王子製紙労働組合は、昭和三十三年二月二十八日会社に対し、賃金増額二千二百九十二円、退職手当支給率一部改訂、結婚祝金の増額等の要求を行つたが、会社側は、これに対し就業規則を一部改訂し、十二日間連続操業し二日連続休業とする新操業方式を提案するとともに、右の改訂を前提として賃金増額七百二十七円、操業手当三百二十六円合計千五十三円を支給するが、退職手当、結婚祝金は従来どおりとする旨の回答をし、双方の主張が対立したところから、その後両者間で度々団体交渉が行われたが結局妥結するに至らなかつた。そこで、組合は本部指令によつて同年四月二十四日から同年五月七日にかけて断続して部分的または一斉のストライキを行い、会社はその対抗措置として同月六日工場閉鎖を行つたが、組合はその組合員に対しスト中止指令を発したので、会社も同日右の工場閉鎖を解除した。

同月十七日会社は、王子製紙労働組合に対しさきに提案した操業方式改訂についての協力を前提として賃金および退職手当の増額に関する第二次回答を行うとともに、同組合との間の労働協約の存続期間が同年六月十日をもつて満了するので、同協約について、(一)組合を除名されたものに解雇する旨の条項を削除し、組合を除名されたものは非組合員とすること、(二)就業時間中の組合活動については、勤務地における団体交渉、会社主催の労使協議会、委員会等のほかは賃金を支払わないこと等を主な内容とする改訂案を提示したところ、同組合は右の改訂案を受け入れることは到底できないとして、操業方式については譲歩して団体交渉を進めたが妥結するに至らなかつた。そこで同年六月十日の団体交渉で労働協約の満了期間を一週間延長することとし、さらに団体交渉を重ねたが結局妥結するに至らなかつたため、同月十八日右協約は期間満了によつて失効し、無協約状態となつた。

その後も同月二十三日まで数回にわたり団体交渉が行われたが結局妥結せず、組合は同月二十六日の二十四時間ストライキを初めとして時限ストライキを反覆したうえ、ついに同年七月十八日から全面的に無期限ストライキに入り今日に至つた。

二、争議行為の状況

組合は、無期限ストライキに入つた後他団体オルグの応援を得て所属組合員相当数を苫小牧工場(以下工場という)各出入門および附近要所に交替制で常時配置し、厳重なピケツトを張るとともに必要に応じ随時組合員を動員できる態勢を整えているほか、その争議行為の状況は次のとおりである。

(一)  組合員の工場構内への立入りについて

会社は、ストライキ中は工場の各出入門を閉鎖し、立入禁止の立札を掲げて組合員の立入を禁止したのであるが、

(1)  時限ストライキを実施中であつた同年七月十一日午後三時頃組合員約千名が工場警備員の制止に従わずに工場東北門から構内に入り、約一時間構内を一巡してデモ行進を行つた。

(2)  同月二十四日午前十時四十分頃組合員七、八百名が工場正門の閂を外し錠を壊して構内に入り事務所附近通路でデモ行進を行つた。

(3)  同年八月四日午後一時頃応援団体オルグ約十五名、組合員約六十名が警備員の制止に従わずに工場表通用門を乗り越えて構内に入り、タイムレコーダー室を通り抜けるなどしてデモ行進を行い、会社幹部を取り巻いて工場内に残留する元組合員二名の引渡を要求したうえ、さらに裏通用門を乗り越えて構内に入つた組合員約百名と合流してデモ行進を行つた。

(4)  同月六日午後一時三十分頃応援団体オルグ十数名と組合員約百名が裏通用門を乗り越えて構内に入り、蛇行デモ行進を行いながら守衛本部前に至り、表通用門を乗り越えて構内に入つて来た組合員約五十名と合流し、タイムレコーダー室を通り抜けるなどして蛇行デモ行進を行つたうえ、守衛所南側広場に坐りこみ、警察官が退去を勧告したが約一時間坐りこみを続けた。

(5)  同月九日午後六時頃組合員四名および組合役員の指揮する苫小牧市王子製紙主婦連絡協議会員(以下主婦連という)ら三十六名が警備員の制止に従わずに裏通用門を押し開けて構内に入り、同所から表通用門に通ずる通路上を駈足でデモ行進を行つた。

(6)  同月十一日午後一時四十分頃組合員四・五百名が表、裏各通用門および東北門から構内に入り、守衛所附近をデモ行進したうえ守衛本部横広場に坐りこみ、工場勤労部長を取りかこんで組合員の前に連行し、怒声を浴せながら団体交渉の開催を要求し、約一時間後に退去した。

(7)  同月十四日午前十時頃組合員約十名が千歳市千歳第一発電所事務室に入り、同発電所の水圧鉄管取替工事等の現場監督に従事している新組合員天野睿、利部正の両名を取りかこんで同人等に対し苫小牧組合会館まで同行するように要求して退去せず、さらに同日午後零時五十分頃組合員数名が応援団体オルグ一名とともに右発電所クラブに入り、右両名に苫小牧への同行を迫り、同人らを抱えあげたり後から押したりなどして戸外に出し、同所から約一粁離れた水溜まで連行した。

(二)  会社非組合員および第三者の工場出入について

組合は工場の各門前に前記のようなピケットを張るとともに会社非組合員の入構については腕章をつけさせることとし、第三者の入構については組合事務所に立寄らせ、氏名、用件、所要時間等をただしたうえ入構させるなどその出入を規制しているが、

(1)  八月三日午前六時三十分頃非組合員である工場人事課長宮崎府央が出勤のため工場表通用門前まで来たところ、組合員約六十名が同人に密接してその周囲をとりまきスクラムを組んで掛け声をかけながら移動するいわゆる洗濯デモをかけたうえ、「帰つた方が身のためだ」などと言つて約三十分にわたりその入構を阻止した。

(2)  同月四日午前五時四十分頃前記宮崎府央が出勤のため工場正門前まで来たところ組合員約二十四名がいわゆる洗濯デモをかけ、さらに膝で小突いたり足蹴にしたりして右宮崎府央を転到させ、因つて同人の右腕に擦過傷を与え、スクラムを組んで同日午前八時頃までその入構を阻止した。

(3)  同月二十日午前八時三十分頃菱中興業株式会社所属の馬車が西部浴場用粉炭約二トンを積載して工場東北門から構外へ出ようとしたところ、組合役員横山久弥が同所外側門扉に鎖を巻きつけたうえ外側から施錠して開門を不能にさせその出門を阻止した。

(三)  新組合の組合員に対するピケッティング等について

組合の斗争方針を不満としてこれを脱退した会社従業員により組織せられた前記新組合と会社との間に同月十六日頃生産再開に関する団体交渉が開かれた結果、会社は新組合員によつて保安の確保と一部操業が可能であるとの結論に達したので、新組合員の就労により操業を開始することとし、新組合も就労することとなつた。ところが、

(1)  同月十九日午前九時三十分頃新組合員約四百名が就労の目的をもつて工場正門へ向おうとして苫小牧市西部配給所附近四辻路まで来た際、組合員が多数駈けつけて新組合員を完全に包囲し、さらに一部新組合員に対していわゆる洗濯デモをかけ、ついに相互に殴る蹴る等の乱闘を生じさせてその進行を阻止し、新組合員の就労を不能にさせた。

(2)  同月二十日午後三時頃前同様新組合員約三百五十名が就労の目的をもつて工場正門に向かつて正門手前の四辻まで行進した際組合員、主婦連、オルグなど約千五百名の者が新組合員を包囲し全くその進行を阻止して就労を不能にさせた。

(3)  同月二十一日午前九時頃前同様新組合員約四百名が就労の目的をもつて工場正門前十字路附近まで行進した際、組合員、主婦連など約二千五百名が新組合員を完全に包囲してその進行を全く阻止して就労を不能にさせ、同月二十二日、二十三日の両日も同様のことがくり返えされた。

(4)  同月二十五日午前七時頃新組合員約四百名が就労しようとして隊伍を組んで工場正門通を王子病院附近まで行進したところ組合員、主婦連および応援団体等約二千名が路上いつぱいに重厚なピケットを張り、その最前列の者は旗竿を横にして、新組合員の隊伍を後方約六十米位まで押し返し、再び新組合員が前進しようとするや、右隊伍の中に割け入つて隊伍を分断しもみ合つてその前進を阻止した。その後警察の勧告があつて組合員等は正門前約百米の地点まで退いたが同処で坐りこんでピケットを張り新組合員の前進を全く阻止して就労を妨害し、なおその際右衝突の結果新組合員六名、組合員二名の負傷者を出すに至つた。

(5)  同月二十六日午前八時頃新組合員約四百名が就労しようとして工場正門前まで行進したところ、組合員ら約千五百名が道路いつぱいに重厚なピケットを張つて、これを阻止したうえ組合役員が前進を命じたため乱斗となり、右の乱斗により新組合員十三名が負傷するに至つた。そこで両者相対峙していたが午前十二時頃新組合員が正門からの入構を断念し、東北門から入構しようとしたが組合員が同門前において重厚なピケッティングをもつてこれを完全に阻止した。

(6)  同月二十八日午後零時三十分頃新組合員約四百名が就労しようとして工場正門に至つたところ、組合員ら約五百名がこれを押し返してその入構を阻止し、その際右もみ合いの結果新組合員約十一名、組合員約五名が負傷するに至つた。

(7)  同月二十日頃から組合員らは工場の正門、通用門および東北門の扉を外部から鉄鎖等で縛つて施錠し、会社が新組合員らを入構させるために開門することを妨げ、会社側からその撤去を要求されたが、これに応じない。

三、工場施設の保安および保全について

これまでの争議に際しては旧協約第二十条に、組合は争議中であつても会社から申入れのあつたときは、組合員中(一)争議解決に関する業務遂行に必要な者、(二)機械および施設の安全保持ならびに警備に必要な者、(三)医療、生活必需物資の配給施設および入浴施設の運営に必要な者、(四)その他必要な者は会社の業務につくことを承認するという定めがあつたため事務関係を含む約四百八十名の特定の組合員が常に会社の業務についており、本年六月十八日右協約が失効してから後も組合は大体従来通りの人数の特定組合員を勤務させ、実質的には協約の存在した当時とほぼ同様の状態で経過して来た。ところが組合は八月三日以降発変電所関係を含む電気、給水および汽罐関係の八十数名を除き工場現場関係のほとんど全部の特定組合員の引揚げを行つた。

会社は、組合の右の特定組合員の引揚げ後八十数名の非組合員と一部残留した特定組合員とで工場内の警備ならびに機械の保全にあたつているが、人手不足のため、抄紙機類のロール、金網等に錆が、ワイヤー・サクシヨンボックスの目板に干割れが、クーチロールにかびが発生するなど、そのまま放置すればその修理に多くの日時を要するばかりでなく、耐用命数を減じまたは廃品化するおそれを生じている。また、各機械の軸受の油脂の酸化、電動機の吸湿など機械類の運転を障害するおそれを生じ、製薬室ヘレショップ式硫化鉄鉱熔焼炉の耐火煉瓦が温度低下により既に亀裂を生じ、使用不能となるおそれおよび炉床落下の危険がある。右のような状態においては、従来行われてきたような方法ではとうてい右の機械類等の保全を全うすることが不可能であつて、相当数の人員をもつてこれらを運転することが保全処置として必要である。会社は右のような保全処置を早急に実施しようと焦慮している。

三、当裁判所の判断

(一)  立入禁止について

会社は、組合員が別紙各図面記載の会社、工場および施設の構内に立入つて会社の業務を妨害し、かつ、機械類に損傷を加える等のおそれがあるからその所有権にもとずき組合に対する立入禁止の仮処分を求めるというところ、ストライキに入つた後会社が組合員に対し工場構内に立入ることを禁止する旨の告示をしたけれども組合員が数回にわたつて構内に立入つたことは前示のとおりであるが、組合員が工場構内に立入つた際には、構内通路から通抜けのできるタイムレコーダー室を除き、すべて戸外通路上または広場において長時間にわたらないデモ行進あるいは坐りこみを行つた程度であり、前示千歳第一発電所の場合は組合員の行為に穏当を欠くものがあるが、その後組合員において右のような行動に出た事実および八月十二日以後は組合員が工場構内に立入つた事実は認められない。以上の事実に徴すれば、少くとも現段階においては組合が工場構内に立入つて会社の業務を妨害し、諸施設、機械類もしくは身体に対し侵害を加える危険性が現存するものとは認めがたい。もつとも、前記のように組合員は工場構外において新組合員の就労を阻止し、紛争を惹起しているが、前記争議の経過からみると、これをもつて本件仮処分において予め立入禁止を命ずるにたる危険性の存在を認めることは困難である。したがつて本件仮処分申請中立入禁止を求める部分はその必要性を欠き、許されないものといわなければならない。

(二)  工場への出入妨害禁止等について

前示の事実によれば、組合員らは、職制上の非組合員が争議中の会社業務のため工場内に立入ろうとするのを脅迫的言辞をもつて、いわゆる洗濯デモによる攻撃的態度をもつて、あるいはスクラムを組んで阻止したものであつて、前二者のような阻止の方法が違法であることはもちろん、右のような非組合員に対してスクラムをもつて工場への立入を不能にさせることは違法として許されないものといわなければならない。また前示の事実によれば、組合員らは工場出入門の扉に施錠し、その結果、工場から物品を搬出しようとした馬車の通行を妨害しているが、右のような行為も違法として許されないものというべきである。

次に、組合員らは新組合員らが就労のため工場構内に立入るのを阻止していることは前示のとおりである。ところで右の新組合員らは争議中に組合を脱退したものであるところから、これに対するピケッティングは初から組合の支配外にある会社従業員に対するものとはその適法の限界に多少の差異のあることは認めなければならないが、前示のとおり、会社は工場の施設、機械類の保全のため一日も早く右の新組合員を就労させる必要に迫られており、一方これに対し、組合側は、多人数をもつて旗竿等をも使用して極めて重厚なピケットを張り、工場の各出入門の扉に外部から施錠等をするなど新組合員の入構を完全に阻止し、右のピケットを突破しようとすれば乱闘状態を発生させるに至つては、右のピケッティング及びこれに附随する行為は適法の限界を逸脱し、許されないものといわなければならない。

しかして、会社は組合のストライキ中といえどもこれを脱退した従業員その他の者を就労させてその業務を遂行することについてはなんら法律上の制限を受けるものではなく、これに対する違法な妨害に対してはその排除を求める権利を有するものというべきところ、前記のような妨害行為により新組合員らの工場への就労が遅延するならば、会社はその工場施設、機械類の保全上回復しがたい損害を受ける危険が充分にあると認められるから別紙図面一記載の朱線をもつて囲む区域について会社従業員らが立入ることに対する妨害の禁止を求める仮処分はその必要性があるものといわなければならない。しかしながら、その余の部分についてはその必要性が認められない。

以上の次第であるから、本件仮処分申請は主文記載の範囲において理由があるものと認めてこれを許容し、その余はこれを却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 外山四郎 青山惟通 小川昭二郎)

(別紙省略)

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